注意事項
本記事は、ADHDの当事者である筆者が自身の経験や試行錯誤をもとにまとめた内容です。医学的な診断・治療・助言を目的としたものではありません。ADHDの症状や困りごとは個人差が大きく、同じ方法がすべての方に当てはまるとは限りません。
気になる症状や生活上の支障については、必ず専門の医療機関や専門家にご相談ください。本記事は「一つの体験例・考え方」として参考にしていただければ幸いです。
本記事の投稿者(からさま)について
プロフィール
- 29歳/男性
- 事務職(年収400万円)
- ADHD(診断済)
- 服薬を継続しながら勤務
- 未婚
- 大阪在住
ブログを始めた理由
自分の経験を発信し、それを読んだ誰かの心に少しでも何かが残れば――そのような思いでブログを始めました。
25歳の頃に僕はメンタルが完全に限界を迎えました。そして心身ともにギリギリの状態で駆け込んだメンタルクリニックでADHD と診断されました。
以来、毎朝薬を飲みながら職場へ向かう生活を続けています。この記事では、そこに至るまでの道のりをお話しします。
学生時代
勉強は平均的でしたが、それ以外の能力は壊滅的でした。特に運動苦手で、サッカーではボールをどこに蹴ればいいのかが全く分からず、変な方向に飛ばしては味方チームに怒られていました。
授業でも、みんなが教科書を開き始めても「どのページか」が分からないまま授業が終わることがありました。そして学校に間に合うように早起きしようとしても、いつの間にか遅刻している自分がいる。そんなこんなで担任にはいつも呆れられていました。
しかしながら周りの人に恵まれていたおかげで、表面上はなんとか「普通の学生生活」を送ることができていたと思います。
社会人になってから
ここからが本当の苦労の始まりでした。ADHD の自覚がないまま就いたのが事務職。当事者なら分かりますが、ADHD と事務は最悪の相性です。
書類の整理、期限の管理、スケジュール調整――どれもADHDがつまずきやすいタスクばかり。
入社当初は良好だった上司との関係も、ミスが増えるにつれて崩れていき「会議室で反省させられる」のが日常になりました。
さらに厄介なのは、自分では完璧だと思った仕事からミスが出てくること。理由が分からず意識はしているがミスは出る。そのようなただ謝るしかない日々でした。
同じミスのくり返し
ある日、繰り返していた同じようなミスで上司の堪忍袋がついに切れました。内容は初歩的で、しかも5回以上くり返していたものでした。「般若のような顔」になった人間を、あの日初めて見ました。
このころには自分への無力感に押しつぶされ、ぼくのメンタルは完全に限界に達していました。
メンタルクリニックへ
もう無理だと感じた仕事おわりに最後の力を振り絞ってメンタルクリニックへ駆け込みました。受診して感じたのは、「もっと早く来ていればよかった」ということ。これがその時の素直な感想でした。
メンタルクリニックは学校や職場のように否定される場ではなく、ただぼくの話を聞いてくれる場所でした。
診断前でしたが、主治医は「これだけ悩んでいるなら」と アトモキセチン という薬を処方してくれました。結果的に、この薬のおかげで今も事務職として働けているのだと思います。
おわりに
仕事でどうしようもなくなった末にたどり着いたのが、メンタルクリニックでした。
社会人であれば誰しもストレスは抱えていると思いますが、「自分だけ明らかにミスが多い」、「努力しているのに同じ失敗を繰り返す」、「つい抜け漏れが発生してしまう」
そのような違和感が続くなら、一度セルフチェックをして、専門機関を検討するのも選択肢のひとつだと思います。
ただし、薬に関しては注意する必要があります。アトモキセチンを含むADHD治療薬は、人によって合う合わないが大きく、生活との相性もあります。服薬するかどうかは、必ず医師と相談し、メリットとデメリットを理解したうえで慎重に決めてください。
「つらいのに耐えること」が正解ではありません。もしあなたが今しんどいなら、ひとりで抱え込まず、相談できる場所を探してみてください。それが立ち直りへの第一歩になるかもしれません。
